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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
「へえ。だって今更――おかしいじゃないか」
素早く頭を働らかせて状況を判断しようとする眼の表情で言った。
「きのうきょうここへ来た人間じゃあるまいし」
「そう思うでしょう? わたしもわからなかったの。でもよく考えてみたらね、御利益があらわれたわけなのよ」
「御利益?……なんのさ」
「陸軍少佐藤原威夫の」
「そうか――なるほどね」
素子はうめくように承認した。
「だって、そうとしか考えられないんだもの。わたしたち、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ来てはじめてだわ、こんなこと」
伸子は自分の推測を最も現実に近い事情として信じた。それにつけ、考えれば考えるほど歎けて来るおももちで伸子はしょげ、
「ほんとに、母ったら!」
おこってもまに合わないという風に気落ちした顔を窓に向けてだまりこんだ。
そのころ、ソヴェトでは、はっきりした目的や理由がないと国外旅行を許可しなかったし、旅行のために国外へもち出せるルーブリの額にも制限があった。伸子たちは、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)から出かけた先のどこか便宜な場所で、伸子は文明社からの送金を、素子は東京の従弟にまかせて来ている送金を受けとることができる手筈をととのえておく必要があった。