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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
思えばおかしいことだった。ソヴェトへはヨーロッパの音楽家の誰も演奏旅行に行かなかった。ふたをあけるともう鳴り出すオールゴールのように音楽の可能にみちみちているロシアは、避けられている。それは、外国の政府が音楽家がモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ行くのをのぞんでいないためなのだろうか。
伸子からそういう質問をうけた公使夫人、どこやらのみ下しにくいものを口の中に入れたような表情をしたまま、
「さあ――。どういうものでございましょうねえ」
すらりと手ごたえのない返事をしたきり、その質問を流しやった。ウィーンでは、そして、この客間では、そういう風に話をもってゆかないならわしである、ということが伸子にさとれるようなそらしかたで。
伸子たちが、社交と音楽のシーズンがすぎてからウィーンへ来たことは、伸子たちのためにもむしろよかった。冬のシーズン中には、その日の午後新緑の光りにつつまれ静寂のうちに小鳥の囀りさえきこえている公使館の客間にも、幾度か公式に非公式に、華々しい客たちが集められるらしかった。シーズンはずれの旅行者であるために、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)から来た社交になじまない伸子と素子にも、公使夫人として気をらくに対せていることを、伸子は感じるのだった。