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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

川辺みさ子の兄は、両親の亡いあとむしろ彼女の経済力で支えられているらしかった。川辺みさ子はおそらく一定の旅費をもってただけだったろう。あとはウィーンをはじめ各地の演奏旅行で収入を得ながら、より高い勉強もつづけようと計画していたにちがいなかった。演奏旅行で収入を得ながらウィーンにくらすという生活と、指の練習からやりなおしをはじめなければならない三十をこした一人の日本婦人としてのウィーンでの朝夕。――日本服の細い肩にゆるやかに束ねられた束髪のほつれ毛を乱して、寂しいウィーンの下宿の窓べりに立った川辺みさ子が、自分の脚の不自由さを音楽家として破局的な時期にまったく致命的な意味をもって自覚した瞬間を想うと、伸子はあわれに堪えがたかった。川辺みさ子のひどい跛が雄々しい優美さをもってあらわれるのは、音楽の光につつまれてこそであった。そのころの日本では、どこへ行くにも俥にのってゆけたからこそであった。その光の波がひいてしまったウィーンの生きるためにせめぎ合っている朝夕の現実で、やがてはくたびれて見すぼらしくなるだろう日本の着物の裾をみだして、馬車に乗ってばかりいられなくなった川辺みさ子が街を行く姿は、ヨーロッパへ来て見なければわからないみじめさとして彼女の前に描きだされたにちがいない。