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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

それは、このリンデンホーフの労働者住宅カール・マルクス館の写真エハガキだった。入口の小公園めいた噴水のところから、明るく並んだテラスと窓々の見透し図を撮った写真のエハガキだった。伸子も素子も瞬間躊躇していると、黒川隆三がズボンのポケットからいくらかの小銭をつかみ出して少年にやり、顔みしりらしくおっかさんがどうとかきいた。少年は内気な表情でそれに答え、伸子たちに、

「ありがとうございます」

と云って、病身そうなぼんのくぼを見せながら、出て来た廻廊の方へ去って行った。黒川隆三は、

「記念に一つ」

と一枚ずつ、伸子と素子にそのエハガキをわけた。「都市行政における社会主義化」を見るために世界各国から参観人が絶えないと黒川がいうこの労働者住宅の状況が、このエハガキを売る少年の表情で、伸子にいかにもと思えた。おそらくきょうは留守のシュミットという旋盤工だった爺さんの室も、お客が来ればドアを開いて内部を見せる住居ときまっているのだろう。そして、一遍うちのなかを外国人に見せるたびに、シュミット爺さんは、案内して来たものからいくらかの志をもらうのだろうと思った。ウィーンは心づけのこまごまといるところだったから。