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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
伸子は、
「あら」
小さく叫んで素子の手にさわった。
「あすこにいるの、笹部の息子じゃない?」
そう云うひまも伸子の視線は、人ごみをへだてて、一本の角柱の下に見えがくれするその特徴のある日本の顔を追った。伸子は異様な錯覚的な感覚にとらわれた。見もしらない、よそよそしい外国人の顔に満ちているこの雑踏のなかに、偶然、写真ながら伸子が少女時代から見馴れている文豪笹部準之助の顔があったことは、伸子の感情をとまどった興奮で波だたせた。笹部準之助がなくなってから、その長男が音楽の勉強にベルリンへ来ているということは、きいていた。ゆたかな顎の線と眼の形に特徴があって、笹部準之助の晩年の写真には、渋くゆたかな人間の味が一種の光彩となり量感となってたたえられていた。伸子は、その人の文学の世界への共感というよりも、その人を囲んだ人生のいきさつとして、心にうごくものなしに、その写真を見ることができなかった。
笹部準之助その人がなくなってから、夫人の思い出が発表された。それには、夫人の現世的でつよい性格がにじみ出ていた。良人である明治大正の文学者笹部準之助が自身の内と外とに、ヨーロッパ精神と東洋、特に日本の習俗との矛盾や相剋を感じながら生きていた、その内面のこまかい起伏に対して、妻として、むしろわけもわからず気むずかしい人としてだけ