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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
素子も、ただ物ずき心で陰惨なあの夜の女カフェーの光景を見ていたのでなかった証拠に、彼女としては珍しくそれについて皮肉めいたことも云わず冗談らしいことも云わなかった。二人とも、自分たちの生活は下水の上にわたされている一枚のふたの上に営まれていて、しかもそのふたはさまで強固でないことを知らされたわけだった。
その晩も、伸子は、スーツが着よいか、着にくいかというだけの話にとどまって、素子が、上衣のうらのほつれを直しているのを見ていたが、やがて、
「あなた、ベルリンていうところを、どう思う?」
素子にむかってきいた。
「おもしろいところと思う?」
「さあ、おもしろいっていうのとはちがうんじゃないか」
「わたしはドイツってところ、やっぱり気味がわるい」
やっぱりというのは、この間うち幾度かベルリン国立美術館へ行ってドイツの絵を見たとき、伸子は、古い絵に描かれているヴィナスさえも蒼白く肩がすぼけて、腹のふくらんだ発育不全の女の姿で、冷たく魚のようで気味がわるい、とくりかえし云ったからだった。
「ベルリンの生活って、何だか矛盾に調和点がないみたいだわ」
一方には、津山進治郎が日本も見ならうべきだという軍国主義があった。