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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
夏のパリの郊外らしい風情が想像された。
しかし、それも現実には多計代向きと云えなかった。パンシオンの食事にあきて多計代はきっと日本食をほしがるだろうし、そのために市内へ出るにしても、ここではタクシーがなかった。タクシーのないことは、泰造もここでは暮せないことを意味した。
あと二日で七月十四日祭だという日の午後、やっと、多計代たちがアンテルナシオナールから引越せる目あてがついた。ブルヴァール・ペレール四七番の四階にアパルトマンが見つかった。客間、食堂、寝室、それにつや子の居間にうってつけの可愛い更紗ではったディヴァン・ベッドつきの小室があった。厨房、浴室、家具、食器つきで、一ヵ月二千フラン、三ヵ月前払い。それは日本の金で一ヵ月二百円足らずだった。同じ建物の三階にピアニストの河並博義が三年このかた暮していた。四階の一廓がとれたのも河並博義の口添えだった。一層好都合なことに、もうじきアルプスへ避暑にゆく河並が出発したら、これまで河並の台所をやっていた通いの手伝が、佐々の家族のために働いてもいいという条件が加わった。
いよいよ、そこをとりきめるという日、はじめて和一郎夫婦もつれだって同勢七人がペレールへ行った。