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さこく
鎖国
和辻 哲郎
日本の悲劇
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页
これが江戸時代における五人組制度の起りで、土一揆以来の民衆の団結運動は、その最小限の規模にまで押し戻されたのである。農民の一揆、商人の海外貿易、新興の武士団という三つの勢力の競争は、ここで武士団の完全な勝利に終った。
家康は右のような秀吉の政策を継承して封建的な身分制度を確立した人であるが、この人の一生を通観すると、最も重大な運命の岐れ目は、一五六三年、二十二歳の時に起った参河の一向宗の土呂一揆であったと思われる。この時には家臣の半ばが一揆方についた。代々松平郷で田を作りながら微力な主君を守りつづけてきたこの小さい武士団の団結も、いよいよここで一揆の力の前に崩壊するかに見えた。後に江戸幕府初期の有力な政治家として活躍した本多佐渡守なども、この時は一揆方に加わっていたのである。それに対して若い家康は、久しく今川の質となっていて、近年やっと岡崎に帰ったばかりで、家臣たちとの馴染も薄かった。大勢の一揆衆に加えて家臣の半ばが敵方であって見れば、勝敗の数は既に定まっているといってよい。しかるにいよいよその決算をやる段になると、不思議な現象が起って来た。崩れかけた軍のなかから若い主君の家康が危険を物ともせずに突進してくると、一揆方の武士たちは、その主君にそむいた連中でありながら、どうも身がすくむようで手出しが出来ない