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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

結局彼は、本願寺に痛棒を与えることも出来ず、浅井朝倉を制圧することも出来ず、浅井朝倉と一時和を講じて岐阜にひき上げたが、本願寺や叡山を打倒しなくてはならないという考は、この時に萌したのであろう。

彼が先ず手をつけたのは、本願寺の勢力の打倒であった。一五七一年の初夏には、信長はみずから諸将をひきいて伊勢の長島に迫って行った。しかし一向一揆の力は彼の予想を裏切るほどに強力であった。だからこの時には信長は、兵を損することを恐れて、いい加減にしてひき上げたのである。長島征伐はこの後三年の間懸案として残り、一五七四年の夏に至って、三カ月間の強攻の後に、遂に二万人皆殺しという脅威的手段に出たが、しかし石山の本願寺はひるまなかった。次の年には越前の本願寺一揆を討伐したが、本願寺の反抗は一層高まった。いよいよ石山の攻囲にかかって見ても、五年間に亘って遂にこれをくだすことは出来なかった。結局一五八〇年に至って、信長は皇室の仲介を請うて和を講じ、本願寺を石山から紀州の雑賀に斥けることが出来たのである。この経過によって見れば、信長の覇権時代の大部分は本願寺との敵対のうちに過されたと云ってよい。