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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

京都で新会堂の建築が行われ、豊後で宗麟の次男が洗礼を受けて問題をひき起していた頃である。有馬領内のキリスト教は領主の改宗によって活気を呈して来た。領主はその権力を以て仏寺をキリスト教の会堂に改造する。人々はそれに追随し、半年の間に信者数二万に達した。全領キリシタンの理想もやがて実現されるかに見えた。

しかるにこの形勢はこの年の末に突然逆転した。義貞は腫物で急死し、反動派は後嗣晴信を擁してキリスト教排撃を始めたのである。葬儀は仏式で営まれた。宣教師は皆口の津に引き上げざるを得なかった。会堂は再び仏寺となり、異教に逆転する信者も相当にあった。有馬晴信の治世は、このような反動弾圧を以て始まったのである。

しかし新興の竜造寺の圧迫は、晴信のこの反動的な態度を持続せしめなかった。彼はキリシタン大名たる叔父純忠の援助を受けなくてはならなかったし、またポルトガル船の火薬の供給をも必要としたのである。そういう政治的理由が彼の態度を緩和させた。一五七九年七月、ワリニャーニが渡来した頃には、晴信はもうかなりに動きかけていた。

口の津会議で日本のいろいろな情勢を聞いたワリニャーニは、先ず豊後を訪れようとしていた初めの予定を変更して、この手近かな有馬に着目した。