Japanische Klassiker mit Furigana
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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Lesen Sie 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 178.609 Zeichen · 362 Bildschirme
「そッ、それ、それッ」
賛之丞は、その途端に、血が逆上ったように騒ぎ立って、裏木戸にいた七、八人といっしょに、土足で、母屋のまん中を駈けぬけた。
その時になって、抜け穴の奥を見に行った勘八や二、三人が、お稲のすがたが見えないという声を揚げ散らした。
――と聞いて、誰よりも度を失ったのは無論賛之丞であった。
「えっ。お稲が――」というと、彼はうろたえた無自覚な足を三五兵衛の寝ていた室へおどり入れようとしたが、釘を踏んだように、自分の盲目に恟ッと竦んだ。
「――表に影が見える。表へ出たぞ」
「逃がすなッ」
そんな声に巻かれて、賛之丞も救われたように戸外へ飛び出した。鮎川部屋の前に小さな土橋が架かっていたが、見ると、そこを境として、わらわらと駈け集まったものが、霜明りのなかに噪ぎながらうごいていた。
遅れ馳せにあとから、駈けて来る賛之丞の姿をみとめると、そこに、むらがッた鮎川部屋の者たちは、手をあげて、迎え、急きたて、叫びながら、
「おお、先生がやって来た」
「早くおいでなせえ、早くだ、先生」
「村上先生」
彼は息をきって、わいわいという喧騒にとり巻かれた。甲の声、乙の声、丙の声が、いちどきに賛之丞の耳へごたごたに飛びこんで、彼自身も、何か声を発していた。