Japanische Klassiker mit Furigana
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じろきちこうし
治郎吉格子 名作短編集(一)
吉川 英治
Lesen Sie 治郎吉格子 名作短編集(一) (じろきちこうし) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 178.609 Zeichen · 362 Bildschirme
一
一
「誰も来やしまいな。――大丈夫だろうな、お芳」
「え、大丈夫」
「今の咳ばらいは」
「延徳村の繭買いの爺さん」
「もう去ってしまったのか」
「ええ」
去年の落葉が堆肥のように腐っている山の尾根だった。自分の声のひびきに、一種の不気味さを感じるほど、そこは静かである。
どこかでぼくぼくと土を掘る音がしていた。檜の縞がすくすくと立って、春の空へ暗緑の傘をかさねている。音は、その奥の墓地の中から聞えて来るのだった。鋤の音にちがいない。鋤の音がやすむと、木製の鳩笛を吹くような、頼りのない変な鳥が、脅かすように、男女の頭の上で啼いた。
「お芳」
「え」
「大丈夫か」
「誰も来やしませんてば」
お芳は赤い帯揚をしていた。郷士の娘で、小締めな体つきで、顔だちがよかった。木立の外に立って、延徳街道と穂波のほうから戸狩へはいる白い道すじを見張っていた。
墓地といっても、この地方の習慣では、一人一基主義で、ひとり死ぬと一つ墓石が立つ。だから戸数の割合にそれが多い。山の裾にも、畑の端にも、河原の崖ぷちにも、気楽に墓石が団欒していた。
今、お芳の立っているうしろの墓地には、まだ雪が深かった正月ごろ、村のお千代後家が埋けられた生新しい記憶がある。