후리가나로 읽는 일본 고전
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がくせいものがたり
楽聖物語
野村 あらえびす
野村 あらえびす의 楽聖物語(がくせいものがたり)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 193,667자 · 381화면
悲哀の権化チャイコフスキー
「サフォー頌歌」はあまり良いレコードはないが、ナンシー・エヴァンスの「ジプシーの歌」(ポリドールE一二四―五)は異色あるものだ。
悲哀の権化チャイコフスキー
「悲しみこそ、真の歓喜への前奏曲である」とかつて私は書いた。チャイコフスキーの音楽を特色づける、絶望的な悲哀感は、少しばかりセンチメンタルであるにしても、万人に愛し親しまれて五十年、その魅力を変えないのは、まさにそのためであると言っても差しつかえなかろうと思う。
チャイコフスキーの人の良さ、正直さ、気の弱さ、そしてチャイコフスキーの愛情の濃やかさが、あの前人未踏の涙の芸術を生み、すべての人の心に、四沢を潤おす春の水のように沁々と行きわたるのであろう。まことに「涙に満ちた作品」ほど、われわれを慰めてくれるものはなかったのである。
言葉を換えて言えば、チャイコフスキーの泣き濡れた姿――嗚咽と歔欷と慟哭とに充ちた音楽――は常に我らのために――存分に泣くことをさえ許されない我らに代って――心から悲しむ姿であり、やがてそれは、悲しみの底の歓びと、絶望の果ての希望とを暗示するものでなくてなんであろう。
この意味においてバッハ以来の高度に発達した西洋音楽の分野においても、チャイコフスキーほど人間らしい存在はなく、チャイコフスキーの音楽ほど、我らに親しいものはない。