후리가나로 읽는 일본 고전
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ふくおうじでん
福翁自伝
福沢 諭吉
福沢 諭吉의 福翁自伝(ふくおうじでん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,912자 · 402화면
長崎遊学
似合い議論すればと云ても、ほんとうに顔を赧めて如何あっても勝たなければならぬと云う議論をしたことはない。何か議論を始めて、ひどく相手の者が躍起となって来れば、此方はスラリと流して仕舞う。「彼の馬鹿が何を馬鹿を云て居るのだと斯う思て、頓と深く立入ると云うことは決して遣らなかった。ソレでモウ自分の一身は何処に行て如何な辛苦も厭わぬ、唯この中津に居ないで如何かして出て行きたいものだと、独り夫ればかり祈って居た処が、とうと長崎に行くことが出来ました。
長崎遊学
それから長崎に出掛けた。頃は安政元年二月、即ち私の年二十一歳(正味十九歳三箇月)の時である。その時分には中津の藩地に横文字を読む者がないのみならず、横文字を見たものもなかった。都会の地には洋学と云うものは百年も前からありながら、中津は田舎の事であるから、原書は扨置き、横文字を見たことがなかった。所がその頃は丁度ペルリの来た時で、亜米利加の軍艦が江戸に来たと云うことは田舎でも皆知て、同時に砲術と云うことが大変喧しくなって来て、ソコデ砲術を学ぶものは皆和蘭流に就て学ぶので、その時私の兄が申すに、「和蘭の砲術を取調べるには如何しても原書を読まなければならぬと云うから、私には分らぬ。