일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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ふくおうじでん

福翁自伝

福沢 諭吉

福沢 諭吉의 福翁自伝(ふくおうじでん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 209,912자 · 402화면

아오조라 문고

按摩を学ぶ

按摩を学ぶ中津に居て十六、七歳のとき、白石と云う漢学先生の塾に修業中、同塾生の医者か坊主か二人、至極の貧生で、二人とも按摩をして凌いで居る者がある。その時、私は如何でもして国を飛出そうと思て居るから、之を見て大に心を動かし、コリャ面白い、一文なしに国を出て、罷り違えば按摩をしても喰うことは出来ると思て、ソレから二人の者に按摩の法を習い、頻りに稽古して随分上達しました。幸にその後按摩の芸が身を助ける程の不仕合もなしに済みましたが、習うた芸は忘れぬもので、今でも普通の田舎按摩よりかエライ。湯治などに行て家内子供を揉んで遣て笑わせる事があります。こんな事がマア私の常に云う自力自活の姿とでも云うべきものか、是れが故人の伝を書くとか何とか云えば、何々氏夙に独立の大志あり、年何歳その学塾に在るや按摩法を学んで云々なんと、鹿爪らしく文字を並べるであろうが、私などは十六、七のとき大志も何もありはせぬ、唯貧乏でその癖、学問修業はしたい、人に話しても世話をして呉れる気遣いなし、しょうことなしに自分で按摩と思付た事です。凡そ人の志はその身の成行次第に由て大きくもなり又小さくもなるもので、子供の時に何を言おうと何を行おうと、その言行が必ずしも生涯の抵当になるものではない、唯先天の遺伝、現在の教育に従て、根気能く勉めて迷わぬ者が