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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
灯を見て起き出し、また風呂に入り、出ると、婆やがもう晩飯の膳。――お島は、鬢櫛をつかいながら、鏡台にむかっていった。
「市さん、どう。……今夜も飲ける?」
「酒か。飲けなくてさ」
ふたりの言葉つきは、朝とちがっていた。
籠行燈の下に、小鍋の湯気をたて、酒の燗もそこでしながら、ふたりは、その晩も、しめやかだった。
すると、誰か、用のある者が、階下へ来たらしく、お島へ、ちょっと顔をかしてくれ――と婆やがいって来た。お島が、なかなか腰を上げないでいると、婆やは何度も、梯子だんを通って来て、いかにも、困ったような顔を見せた。
「好かないねえ。――こんな晩に」
お島は、舌打ちして、降りて行った。そのうちに、かの女の奔放なことばつきと、男のすご味をもった大声が、喧嘩でもし初めたように聞えて来た。
それが、時たつほど、荒っぽくなって来たので、市十郎も落着かず、厠へゆくふりをして、そっと、廊下から隙見してみると、男は、いつか神田の丁字風呂で、大亀と一しょに溺遊していたとき、自分たちへ脅しをかけた風呂屋町の地廻り、銀歯組のひとりと名のる赤螺三平だ。
ひとつの流れ
狼の影を見た兎のように、市十郎は、足音をぬすんで、こっそり二階へ逃げもどった。