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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
「この事、てまえからお奉行のお耳に入れたと、義平太に、申したものでしょうか。また、つつんでおいたがよろしゅうございましょうか」
「かくさぬがいい。しかし、義平太の苦衷はうれしい。察しられる。すまぬのう……各に、かような思いをさせて」
ばたばたと、中庭の方から、前のふたりが、馳けもどって来た。
「お奉行。ちと、変です」
「どうしたっ?」
「亀次郎が、余りに、狂い廻ったせいか、突然、牢のうちで、仆れました」
「なに、絶命したか」
「いえいえ。一時の、発作とはおもわれますが、苦しげに、口に泡をふき、眼をつりあげ、顔色蒼白となって、転々と、もがき抜いている有様。いつもの、容体ともおもわれません」
「獄医を呼んだか」
「牢屋づきの中根杏庵が、折わるく、きょうは自宅にもおりません。どこやらの病人を、遠くまで、診に行ったとかで」
「万一があってはならぬ――」越前は、すぐ立って、中庭の草履をはき、
「義平太、義平太」
「はいっ」
「大急ぎで、楽翁どのを、迎えて来てくれ。駕籠で、飛ばしてゆけよ」
「は。承知しました」
義平太は、すぐ走り去った。越前は、ふたたび、自室へもどって、文庫から、印籠をとり出し、またすぐ降りて、中庭門から、役宅庫の路地を抜け、幾廻りもして、柵門から獄舎の世界へ、通り抜けた。