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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

何、昨夜、自邸にもどって自刃したとか、騒然たる臆説が町に乱れとんでおりまする。――私どもは、ただ昨日お奉行のお申しつけのまま、御最後の決をお姿に見るまでは、決して、道聴塗説の紛々には動かされまいと、みな自若と構えてはおりましたものの、怖ろしいものは、妄を信じる世間の心理です。朝から南町奉行所の周囲には、何事かあるやと、市民が群をなして集まり、為に、所内の下役、牢番までが、お奉行の身に、変があるものと思いこみ、何としても、説得ができません。きょう、お奉行のお行先こそ解し難いといい合って――」

「はてさて、頼みにならぬ人どもよ。それ故にこそ、篤と、申し残して、越前はただ一夜、やしきに戻って来たものを」

「何しても、今日のお出まし先まで、われわれ二人に、お供をおゆるし下さいませ」

「ばかな。町奉行に、何の警固がいるぞ。奉行自身、独り歩きの出来ぬような世間を、奉行が身に証拠立てて歩いたら、まことに、政道の奇観といわねばならぬ」

「いや、御警固などと申す意味でなく、一同の安心のために」

「なぜ、そち達は、安心できぬか。越前は配下の者にも、さまでに、不信な者となったか」