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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
08 一九四一年(昭和十六年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 230,599 字 · 458 页
初発的とでもいうのか、あの時代には何だか感情はそれだけで暴威をふるったのね、人間をひきまわしたのね。理性は随分あとからいつも駈けてついて歩いていて、そして間に合わなかったのだわ。最近の十年の間に、そこが変った。これが現代文学の根源的変化です。感情の方向が変ったというより質が全く変っていて、ひろい内容を感情しているし、さっきの憤りにしろいやさにしろ、それはくっきりと感じられていてしかし作者はその感情で頭を濛々とさせてはいないのね。ここが急所です。十九世紀から二十世紀の三十年迄の文学精神は、云ってみれば濛々とすることそれ自体をよりどころとしていたようだけれど、ちがって来ています。私は父に死なれたとき、すきとおって、明るくて、悲しくて悲しくて、しかも乱れることの出来ない感情を経験しましたが、そういうものがひろがるのね。理解の透明さでしょうか。
明るさの本来はこういうものであるわけですね。私がいつか手紙に、私は単に快活であったのだろうかと書いたことがあったでしょう? 快活さの上は、そのような明るみに通じる可能をふくみ、底は甘ったれやいい気や軽率さやにも通じるものね。