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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

すると阿賀妻は立ちどまった。爪先を見て跟いていた甚助は、あやうくぶっつかりそうになった。横にとび退いて彼は云った。

「どうなさいました?――いえ、もう、下郎めのつまらぬぐちで、どうぞ、お気にとめ下さいますな」

「いや、思いだした――どうだ、おぬし、柴又の帝釈さまというのを聞いたことがあるか? 知らん?――知らなければ知らんでもよろしい、ちょいと拝んで行くとしよう」

「それはもう――」と甚助はようやくほッとして腰をのばした。

一足ひきかえして、河原の路を南にとった。

あたりはぼうぼうとした枯あしの野ッ原であった。

――いつの頃か、まだひどく稚い子供だった自分が、丁度これに似た気持を味わったことがあった。めざす目的に向っていながら、どう手をおろすべきかについてなかなか心が定まらなかった。自分で自分に焦れている。状景や事件はきれいに忘れていたが、そのときの気持だけは明瞭りよみがえっていた。

――こちらの厚意が相手を逆上させたときのようだ。人間の心が、けだものよりも、もっと判らなくなったときのような気がする。

江戸にある本藩の邸で、一昨年の彼は不とどきにも禁足を命ぜられていた。