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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
もうすっかり灯の消されている狭い入口の廊下から、主婦に導かれて爪先さぐりに三階へのぼったその部屋は、あしたの朝になってみなければ、二つの窓が往来のどっちを向いて開いているのか、方角もわからないようにとりこめた部屋だった。二つの寝台の間の壁の上に、古風なビイドロ・ガラスの笠の電燈が灯っていた。一つのドアの奥は、この幾週間もつかわれずにあるらしい浴室だった。洗面台の水が細く出るだけだった。
いくら眼を大きくしても、鈍い光の下に重い茶色の雰囲気のどぎつくないようなその室内で、伸子は部屋着に着換えた。シーツだけが白くきわだった寝台に腰かけて伸子は今夜のあらましを素子につたえた。
「なるほどねえ。ぶこちゃんも、大分ふかいところをのぞいたっていうわけだな」
ペレールの親の家を出て来て、親子の間にとりかわされた会話について話していると、伸子にはひとしお強烈な刹那の色どりをもって、夕焼雲のてりはえるようだった母と越智との感情交渉のところを思いかえした。あの、伸子の若いすこやかな理性をめまいさせそうだった多計代の女としてのゆらぎかた。――あのころ、多計代は母という自分の立場にさえ反撥しているようだった。