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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
「だってお父様、志願してそうしたのよ、わたし」
晴れ晴れした声でそう答えた伸子は、父の感傷を深めまいとしたのだった。
「ほんとにねえ。……折角、こうやってみんなで暮したのに――」
多計代がナプキンをとりあげて瞼にあてた。
「お母様、もらい泣きしないでよ、ね」
そう云ったのも、伸子とすれば、一座を元気づけ明るくしようとするためだった。しかし、結果は逆になり、多計代は、伸子がもらい泣きと云った言葉にこだわった。
「他人のマダム・ルセールでさえ、わたしの手に接吻して泣いたのに――伸ちゃんは、ちがったもんだよ、よくもよくも、もらい泣きだなんて云えたものだ」
「お母様、でも、お父様がさきだった」
少女らしい几帳面さで云い出したつや子の膝を、つついて、伸子はだまらせた。
「そういうもんじゃありませんよ。伸子だって、われわれを機嫌よく立たせたいと思って、いろいろやっているんだ」
いま、それを云い出すのが真実の思いなら、多計代はどうしてきょうになるまで、伸子にとってはわけのわからなかった用心ぶかさで、パリに残ってあとからモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ帰ろうとする伸子のプランと、自分たちだけでシベリア経由で帰るときめたプランとの間に、けじめをつけて来ただろう。