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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

しかし、蜂谷は、がんこに伸子が一人でヴェルダンにのころうとするのをさえぎった。

「僕には、佐々さんをひとりここへおいて帰るなんて、出来ないことなんだ」

もうあと十分でパリへ帰る列車が出るというとき、

「さ」

蜂谷が伸子のハンド・バッグをとりあげてわたした。

「出かけましょう」

旅行用のいくらか大型のそのハンド・バッグには、マース河岸の土産屋で伸子がベルネの細君のために買った銀の記念スプーンがはいっているのだった。

朝来たと同じ道を、パリへ向って進んでゆくのだけれども、沿線の風景が濃い闇に包まれている夜ふけの汽車は、いかにもカタリコトリと寂しかった。一つの箱に乗客もまばらで、伸子たちのいる仕切りは、伸子と蜂谷きりだった。坐席にかけている人の背たけ越しにベンチの背板がずっと高くつけられているから、外の景色を見ることの出来ない夜汽車で伸子の視野は古びた茶色の板仕切りにはばまれて何となし家畜運搬車にはいっているような感じがするのだった。

「あら、この汽車! ランプよ」

車内がひどくうす暗く思えたわけがわかった。丁度伸子たちがかけている後の羽目の高いところにガラスのおおいのついたランプがおかれている。