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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
そのばかにした心持からの中国人の呼びかたがいくとおりも、日本にある。素子が、キタヤンカと云われた瞬間、ホージャと呼ばれた瞬間、それは稲妻のような迅さで中国人に対する侮蔑のよびかたとなって、素子の顔にしぶきかかるのではないだろうか。
「そう思わない?――心理的だと思わない?」
素子は、睨みつける目で、そういう伸子を見すえていたが、ぷいとして、
「君はコスモポリタンかもしれないさ。わたしは日本人だからね。日本人の感じかたしか出来ないよ」
タバコの箱のふたの上で、一本とり出したタバコをぽんぽんとはずませていたが、
「ふん」
鼻息だけでそう云って、素子は棗形をした顔の顎を伸子に向って、しゃくうようにした。
「――コスモポリタンがなんだい! コスモポリタンなら、えらいとでもいうのかい!」
火をつけないタバコを指の間にはさんだまま室の真中につったって自分をにらんでいる素子から伸子は目をそらした。伸子は、あらためて自分を日本人だと意識するまでもないほど、ありのままの心に、ありのままに万事を感じとって生活しているだけだった。日本の女に生れた伸子に、日本の心のほかの心がありようはなかったけれども、伸子には、素子のように、傷けられやすい日本人意識というものがそれほどつよくなかった。