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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
と云った。
「全然、個人的な理由からではありません――全然……」
「それは十分わかりますよ」
タバコの赤いパイプを口からとって素子が重々しく答えた。「もし個人的な理由ならば、わたしたちは、一年以上あなたがたに何一つ迷惑をかけなかったということを主張するでしょう。部屋を出てゆかなければならない個人的理由なんか、一つもありはしない!」
ルケアーノフが去ってから、伸子も素子もややしばらくものを云わなかった。
やがて素子が、自嘲もふくむいろいろな気持を、ともかくその一点へ集めてあらわすというように、
「なんだ! びくびくして!」
口のはたに皮肉な笑いをうかべた。
「こっそり儲けて来ているもんだから、今更、おっかなくてたまらなくなったんだろう」
ルケアーノフについて、何と云ってみたところで、十日後に伸子と素子に住むところがなくなるという事実がどう変化するだろう。
ぐるりの人々からの民族的な偏見がちっともないために自分たちが外国人であることを忘れたように暮して来た月々について、伸子は思いかえした。「赤い星」にスターリンの富農絶滅の論文が出るすこし前、レーニングラードで大規模の陰謀が発見されていた。