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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
家族の騒動や、刺戟的な多計代の激情。支離滅裂な論議ずきを思うと苦しかったが、それでもモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)の満一ヵ年の後フランスが見られることや、うちの者たちに会えることは伸子にとっても負担だとばかり言うのはうそだった。伸子は或る日思い立って、日本のうちあてに三通の手紙を書いた。父母あてに、和一郎夫婦あてに、それからあしかけ三年見ないうちに十五歳の少女になっているはずの妹のつや子にあてて。荷物を最少限にすること。母は身についた和服で旅行するように、どうせ多計代はバスや電車にのることはないのだから。足袋は少し多いめに、草履は三足ぐらいもって来るように。パラパラ雨の用意をもつこと――コートなり何なり。なんと言っても和一郎と小枝に対して一番具体的に旅行の収穫を期待する感情が伸子にあった。若い建築家として和一郎がただぼんやり御漫遊の気分で来ないように、専門の立場から何か一つのテーマをもって見て歩く用意をするようにというのが、手紙の眼目だった。つや子へ伸子は、女学校の下級生の受けもち先生のように書いた。自分の身のまわりのことは母や小枝をたよりにしないで荷づくりもできるようにしなければいけない、と。