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ちからもち

力餅

島崎 藤村

「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页

青空文庫

この国を開き、世界諸外国と条約をとり結ぶということも、先生たちのしたくしておいたことです。下ノ関償金の談判、横須賀造船所の建築、陸軍軍制の改革それらはみな先生があの小栗上野介らとともに力をあわせてしたくしておいたことなのです。今日横須賀に日本の船を造ったり修繕したりする所があって東洋に一つの名物のようなドックがあるのも、もとをただせば先生たちが徳川の世のあとしまつをしながら、よく「しんがり」をつとめて行ったそのおかたみではありますまいか。いったい、徳川の世の末にあったことは大きな黒幕のうしろにかくれてしまって、その舞台の上で働いた人たちの辛苦もほねおりも現われませんから、世の中にそれを知るものも少ないのです。しかし、先生は自分の手がらをじまんするような人ではなく、どこまでも徳川時代の「しんがり」として、本所の北二葉町というところに退き、髪の白くなるまで徳川の世の中を見送りました。

わたしは自分の心もやわらかく物にも感じやすい年ごろに、栗本先生のような人を知ったことをしあわせに思います。わたしが本所の北二葉町をおたずねしたころは、先生はもう七十を越していまして、いろいろな種類の芍薬を庭に植えその住まいをも「借紅居」