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ちからもち
力餅
島崎 藤村
「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页
六 帰郷の日
そうです。この災難のどん底からです。神坂村も今は建て直るさいちゅうですよ。」
六 帰郷の日
幼い時分からわたしの好きな恵那山は、もう一度自分を迎えてくれるように見えました。あの山のふもとにある村をよく見たら、何ほどのものが生き返ってきているか知れないとは思いましたが、わたしも仙台のほうに学校のつとめをひかえていて、古いなじみのある家々をたずねる時もそうありませんでした。乳母としてわたしを抱いたりおぶったりしてくれたお雛も、伊那のほうへ行って暮らしているとやらで、もはや村にもいませんでした。先年の村の大火にあったわが家の古い屋敷で惜しいと思われるのは、裏の土蔵の焼け落ちたことでした。あの土蔵の二階は全部が書物庫で、木曾谷の歴史を語る古文書や、じじののこした写本や、父が一生かかって集めておいた和書漢書の類はことごとく失われたのですから。
姉夫婦は木曾福島をさして帰って行く人たちです。そこでわたしもいっしょに神坂村を立ちました。お別れに寄った家々の人たちは、いずれも門口に出て、わたしたちを見送っていました。神坂村から次の吾妻村までの二里の間は男垂山などの迫ってきているところで、深い山林の中です。