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ちからもち

力餅

島崎 藤村

「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页

青空文庫

五 心を入れ替えに

六 上総行きの船が出るころ

これはやはり高いところから見おろした感じで、谷底に隠れている山里の草のことを言ったものでしょう。そのははき木が行っても行っても遠くなるというところに、けわしい山道を踏みなやんだ昔の人の旅の思いもあらわれていると思います。おもしろい言い伝えではありますまいか。この言い伝えにこと寄せて、あるかと思えばないものをははき木にたとえた古い歌もありますよ。

五 心を入れ替えに

どうしてこんな言い伝えを皆さんの前に持ち出したかと言いますに、年若いころのわたしが目じるしとしたものも、ちょうどあのははき木に似ていたからです。行っても行ってもそれは遠くなるばかり。それほどわたしの踏み出したところは歩きにくい道でした。どうかして心を入れ替えたいと思いまして、上総の国、富津というところに保養に行っている知り人をたずねながら、小さな旅を思い立ったこともあります。

六 上総行きの船が出るころ

そのころ、横浜から上総行きの船が出ました。荷物を積んで横浜と富津の間を往復する便船でしたが、船頭に頼めばわずか十銭の船賃でだれでものせてくれました。

わたしは横浜のある橋のたもとからこの船に乗りましたが、ちょうどお天気都合はよし、沖に出てからは一ぱいに張った帆の力で近海を渡るのですから、まるで青畳の上をすべって行くようでした。