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ちからもち

力餅

島崎 藤村

「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页

青空文庫

五 栗本先生

一番最後までふみとどまって、あの学校と運命をともにした人も呉くみ子さんでした。

五 栗本先生

物にさきがけするのと、しんがりをつとめるのとでは、どっちが勇気がいるでしょう。前のほうの人は進んでとげのあるいばらの道を切り開いて行くのですから勇気がなくてはかなわないことですが、あとのほうの人とて勇気がいることにかけてはそれに劣りません。

皆さんもごぞんじのように、この日本のお国が明治の御代となる前は、徳川の世の末でありました。もう徳川の世の中もこれまでと思うものは、たいがいの人が戸まどいして、仕事もろくに手につかなかった中で、よくあとしまつを怠らなかった三人の人があります。皆さんは、岩瀬肥後、小栗上野介の名を覚えておいていただきたい。ここにお話ししようとする栗本先生も、そういう三人の中の一人です。

栗本先生は若い時の名を哲三といい、年とってからの号を鋤雲といいました。先生は額も広く、鼻も厚く、耳や口も大きかったものですから、「おばけ栗本」の異名をとったくらいです。それほど並はずれた容貌の持主でした。もともと本草学という学問の家がらをついで薬草のことにくわしいところから、徳川幕府の製薬局につとめた医者の出でありましたが、事情があって北海道のほうへやられ、函館奉行組頭という役目につきました。