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ちからもち
力餅
島崎 藤村
「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页
七 鹿野山を越えて
おてんとうさまが高くなりますと、船では昼飯を出してくれます。それは船頭がたいたこわいごはんと、たくあんのおこうこぎりです。帆柱のわきで潮風に吹かれながら食べてみますと、そんな昼飯が実にうまいと思いました。
七 鹿野山を越えて
富津に滞在している知り人の安否を尋ねたあと、その漁村から歩いて行けば房州のほうへ出られる道のあることを知りました。鹿野山という山一つ越せば、日蓮の誕生寺で知られた小湊へ出られることをも知りました。かねてわたしは日蓮の『高祖遺文録』という本を読みまして、あの鎌倉時代に名高い坊さんの生まれた地方を見たいと思っていたのです。それにあの書物をわたしが手に入れたのは普通の本屋でもなくて、東京日本橋人形町の袋物屋でした。藤掛なにがしという日蓮宗の信者で、頭のはげた隠居さんが一そろい九冊ばかりの、あい色の表紙のついた、こころもち小形の和本を奥の戸だなからさがしだしてきて、それをわたしに売ってくれました。そんな思い出までが手伝って、わたしの足を小湊のほうに向けさせたのです。山越しはかなり寒い時だとも聞きまして、白い毛布にくるまりそれにきゃはん、わらじばきというおもしろいなりで出かけました。