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ちからもち

力餅

島崎 藤村

「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页

青空文庫

高い峠にかかるまで、わたしは何ほどの道を歩いたとも、今ははっきり覚えていません。そのくせ、途中で自分の目に映ったものや、道を聞き聞き歩いて行ったそのこころもちなぞを、あとさきのつながりもなく、今だに覚えていることもあります。中には、きのうのことのように、実にあざやかに目に浮かんでくるものもあります。

そう、そう、ある川の流れに添うていかだを下す人があったのもその一つです。それが材木のいかだでなしに、竹のいかだであったのもめずらしく思われたことを覚えています。土地不案内なわたしも、その川について水上のほうへ進みさえすればいいと感づきました。だんだん歩いて行くうちに、川の水は谷底の下のほうに見えるようになって、がけづたいの道へ出ました。

その時です。わたしはがけのわきにおっこちている小石を拾いあげ、それを谷底のほうへ投げてみて、うらないごとを試みようとしました。まだわたしも若かったものですから、もしその小石が川の水にとどいたら、自分でこうときめておいた前途の目じるしを変えずに進もう、もしまたその小石がとどかなかったら、自分の畑にはないものと思って、好きな道もあきらめよう、そんなふうに思い迷ったのです。