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ちからもち
力餅
島崎 藤村
「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页
七 秋を迎えて
七 秋を迎えて
八月も半ばになりますと、つばめは木曾谷の空を帰って行きます。姉の家の門口へもつばめはあいさつに来て、
「長々お世話さまになりました。」
と言うらしいのです。いくら遠い国のほうから渡ってきたものでも、春から軒先を借りていて、かわいいひなまでもうけるくらいなら、もっとことばが通じそうなものですが、つばめの言うことはペチャ、クチャ、ペチャ、クチャ――まるで異人のような早口です。
「どうぞ、また来年もよろしく。」
どこまでも南国弁のつばめは、わからないことばづかいでそのおいとまごいに来て、古巣に別れを告げて行きました。
木曾川の岸には、うるい、露菊のたぐいが咲きみだれ、山には石斛、岩千鳥、鷺草などの咲き出すのも、そのころです。かじかのなく声もまれになって行きまして、桑つみのひな歌がおもしろく聞えるころから、姉の家の裏庭には、草花のながめがことにうれしく、九月にはいってからは白い壁のかげにある秋海棠の花もさき出しました。
野菜や草花をそだてることの好きな姉はその裏庭つづきの畑にうりを植えたり、夕顔のたなを造らせておいたりして、毎朝の畑の見回りが何よりの楽しみであったようです。