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ちからもち
力餅
島崎 藤村
「力餅」研究社、1940(昭和15)年11月
N3 · 进阶 · 新字新假名 · 65,974 字 · 130 页
一〇 木曾のはえ
青いはすの葉をかさのかわりとは、木曾川へつりに行く人でも、ちょっと思い付きそうもないものです。
一〇 木曾のはえ
吉村のむすこさんは秋の新学期のしたくもありまして、町での親類回りをすました上、東京のほうへ先に帰って行きましたが、わたしは自分の仕事を持ってきていたので、それのすむまで姉の家にとどまりました。
早いものですね、こんなふうにして一夏を送るうちに、わたしの借りている店座敷へはせみが舞いこみ、めっきり秋らしくなった風は座敷の中を通りぬけて行きました。皆さんにも聞かせたいのは、川上から大手橋のほうへ流れる木曾川の音ですが、あの水が岩を越すよりもっと早く、夏の暑さが流れて行ってしまいました。
この一夏の間、わたしは姉の口からなき父の話をよく聞かされました。父は熱心な子の教育者で、わたしも六つ七つのころから読書の道を父より授けられ、十の年に両親のひざもとを離れたのもやはり父の意見によってのことでしたが、そんな子供の時分の記憶しか自分にはないものですから、姉から聞く父の話には初めて知るようなこともすくなくなかったのです。わたしのきょうだいの中でも、姉は一番の父親思いでしたからね。