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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

男は、五十がらみ。おそらくこの荒れ屋敷の主人だろう。場中の者が、その者を呼ぶには特に「番町様」といったり「刑部様」と敬称したりしている。

刑部様は、稀代な醜男だが、屈むにも骨が折れそうな、隆々たる筋肉をそなえ、ごろ武家、ぐれ旗本をも、よく威伏せしめる金力と腕力の保有を、その風貌は実証して余りがある。そしてまた、太い猪首をうごかし、脂ぎった赤ら顔から、眼をうごかすとき、火傷かほうその痕か、片方の瞼の肉がひッ吊れて、眉が半分欠けているのが、ひどく人に獰猛な圧迫感を与えるのでもあった。

そのうちに、阿能が、

「刑部様。……ちょっと、お手のあいたところで」

と、耳打ちして、彼と共に、市十郎が覗き見している杉戸の方へ、連れ立って来た。

市十郎は、戸惑った。あわてた。

だが、出て来た二人は、すぐ暗い中で、立ち話をしはじめた。

「……どうです。こいつあ」

「お。二の丸の金蔵図面か。よく手に入ったなあ、阿能」

「その代り大骨折りでさ。褒美は、うんと貰わなくッちゃ埋まりませんぜ」

「ケチな欲はかくな。仕事はこれからだわ。……だが、これを持ち出す手先に使った、市十郎とかは、どうしたい?」