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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

「医師の楽翁は、どういうておるのか」

「きょうは、晩くなっても、お見舞すると仰っしゃっておいででしたが、まだお見えになりませぬ」

「あれ、呼びぬいておるわ。行って見てやれ」

かの女は、いそいそと病児の部屋へ。越前守は、いつものように、書斎にはいった。

読書は、かれの夜の日課であり、趣味であったが、その夜は、園子の泣き声が、耳について、何としても、心がみだれがちだった。

「……あらそえぬもの」――と、彼は、自ら責められた。

父の罪は、まだ、消えていない。お燕の幼いときの泣き声と――奥の園子の泣き声と、余りにも、よく似ている。

いや、それは決して、ちがったものであるはずはない。

「……母こそ、ちがうが」

罪の父は、苛責にたえかね、ついに書物もとじふせて、しんしんと傷む心を、両腕に拱んでいた。

奉行所にあるときは、日々、白洲へ曳かれてくる無数の人間を裁く法官の彼であったが、静夜、独坐のうちにある彼は、自分で自分を裁かずにいられなかった。

――ふすま際へ、小侍が来て、そっと、たずねた。

「お医師の楽翁どのが、お戻りがけに、ちょっとお目にかかって帰りたいと仰っしゃいますが?」