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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
――不伝様は日頃から、おまえが好きで、内々わたしにも話をもちかけているくらいだから、きっとひきうけて下さるだろう。……そうだ、おまえ、どこかそこらで待っておいで。すぐ戻って来るからね」
上野は東叡山三十六坊といわれている。ふかい木々と夜霧のあなたに、中堂の廻廊の灯や、文珠堂の欄などがかすかに見える。
「いいかえお燕。わたしが来るまで、そこを動いてはいけないよ。捕手に勘づかれないように、もっと、木蔭に身を寄せて――」
お袖は、何度も振り向きながら、やがて中堂の裏門の方へ走っていた。
ここは幕府の祈願所であり、輪王寺の宮が座主としている格式から、すべて別格扱いになっている。お袖の思いついた通り、一歩でも寺内にはいってしまえば、町奉行の十手も、寺社奉行の関与も及ぶところではない。
「うまく承知してくれるかしら? ……おっ母さんは思い込んで行ったけれど」
あとに、お燕はひとりで、気をもむだけだった。――どうぞ、お慈悲で、と身の科をわすれて、神仏に祈る気もちがわいた。
けれどまた、お燕の胸のどこかでは、
「もし、不伝さんに助けられるのだったら……?」
と、助けられたくないような気もしていた。