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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

かの女の挑戦

嘘を申すと、承知しねえぞ」

不伝は、葭簀の蔭にいた闇の女を、脅しつけた。

女は不伝を、町方とでも思ったか、顔いろを変えて、すぐしゃべった。

どこの御新造やら知れないが、何でも、淋しいお寺へとか、百夜詣りに通ってゆくと、いうことで、途中、お菰たちが、女と見るとわるさをするので、わざと男の身なりをして行くのだと聞かされていた。

「じゃあ、毎晩ここで、今のように、身なりを変えて行くんだな」

「ええ。わたしは、そのお着物と大小を預かって、駄ちんをお貰いしているだけです」

「そうか」不伝は、すぐそこから駈け出した。そして、また、お袖の影を先に見つけた。

かの女の挑戦

あなた、こなた、お袖は、夜の物蔭ばかりを、さまよった。

そして、深夜を待った。

かの女のひとみは、夜の更けるほど、美しい野獣の眼に似た。五体は、敏捷を加え、世間にたいし、不敵になった。

「こん夜は、どこのを?」

呪咀に燃えるその眼は、路傍の高札を見つけると、仇に出会ったように立ちすくんだ。

町奉行所の名を以て、政令や禁令の“べからず”を箇条書きした高札は、江戸の橋々や見附や盛り場の辻などには、必ず立っている。