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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

有情の鬼

――江戸ばし。

橋の欄干にある文字に、お袖は、何かぎょっとした。その文字の読めるほど、近くの番屋の腰障子から、明りが流れていたのである。

自身番があると知れば、自分から近づくわけもなかったが、何か、もの思いしながら、うかと、橋の前まで来ていたのだった。――当然、かの女は本能的に、びくッと、身を翻しかけたが、またふと、危険も忘れて、立ちどまった。

ここにも、高札が立っていたのだ。

わけて、南町奉行とある墨のあとは、かの女の眸を、ひきよせた。

有情の鬼

「おい。……何か、遠くで、へんな水音がしたぜ。じゃぼーんと」

自身番小屋に寝ていた庄七は、寝床の中から、由蔵にいった。

「耳のせいだろう。俺には、聞えなかったが」

「そうかな。うとうとしていたところだったから、そういわれれば、夢だったかもしれねえ」

「庄七。気を休めろよ。気を暢んびりしていねえと、いつまで体は癒らねえぜ」

「有難う。だが、すこし熱が発ると、すぐ、夢に見て仕方がねえ」

「この春の……黒装束の女の親子か」

「ウム。堀留の山善に、押込み強盗がはいった晩よ。……思い出してもぞっとするが、思えば、おめえも俺も、よくもまあ、命拾いをしたもんだ」