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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

……堪るものではない。どっと、重うなってしまわれた」

「ば、ばかな……女ではある」

眼には、涙をもちながら、越前守は、吐き出すように呟いた。

楽翁は、さっと、顔いろを変えた。この老人は、すぐこうなるのである。

「あいや、お奉行。ばかとは、お言葉とも思えぬ。ばかでしょうか、奥方の心事は」

「あわれむべき、おろかさです。女ほど不愍なものはござりませぬ」

「不愍はよいが、愚かとは、どういうわけじゃ。良人の大難を想い、身の病もわすれて、神に祈る心根を」

「ですから、愚かというのです。神に祈って、何になりましょう。なぜ、園子や子等のために、薬餌をとって、温かに眠り、身を安楽にしていてくれないかと」

「良人たるお奉行が、今日、苦熱の釜の中で煮られるような立場にあるのに、妻として、安閑としていられないのは当然じゃ。女の力の及ばぬ世界のことだけに」

「でも、私は、一切の前非と、後々の事までを、妻にだけは、隠すことなく話してあるのです。たとえば、お袖という一女性のことまでも」

「なお悪い。なおさら苦悩するのは女の常じゃ。そしてあなたは家庭にもお帰りがない。成程、お奉行としては、立派だろうが、一体、それでよいのかな。