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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

「お母あ様。お父さまは、もう、どこへも行かないんでしょう」

「ええ、そうして、二人を、抱いていて下さるではありませんか。……それよりも、お母あ様が、お台所へ行けませんから、お勝手の者たちに、たくさんに、お父様へおいしい物をさしあげるように。そして、あなた方も、お父様のお部屋を、おきれいにしてお置きなさい」

「はい」

と、二人は、争って、廊下へ走った。

「あれ、あの、うれしげな跫音……」

「不びんなのは、子達であるわよ」

「あなた様のお心も、縫は、お察し申しあげておりまする」

「そなたを信じて、いっておく。越前にも、最後の日が来た。明朝は、別れになるぞよ」

「長い……お別れでございましょうか」

「おそらくは。……縫、そちこそ、かなしい一生を送らせたの。あらためて、わしはそちに、手をついて、詫びるぞよ。ゆるしてくれい」

「め、めっそうもございませぬ。縫こそ……ああ縫こそ、お詫びせねばなりません。――おもえば、私が、悪うござりました」

「そなたが、わしに、わび入ることはない。そなたは何も知らぬ家つきの息女であった」

「……でも、私のまえに、お袖さまという女子に、あなたの生した幼な子のあったことも、私は知っておりました。