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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
捨て駕籠
葛、くま笹、萩すすきなど、絡むもの、阻めるものを、踏みしだいて、かの女は、盲目的に、駈け下りて行こうとした。けれど、何を見たのか、ギクとして、お袖は急に足をすくめてしまった。そして傍らの榛の木の下へ、よろめくように身を凭せた。
ふと、お袖の見たあいての女性も、祠の横の大きな木の幹に、半ば、すがたを隠して、じっと、射るような眼をしているのであった。
「?」
両女は、息をつめて、黙しきった。眸と眸とは、曼珠沙華のように、燃えあった。
「そなたは、どこの、誰ですか。……そして、どこへ行こうとなさるんですか」
やがてその女性は、しずかに、――けれど底には女性特有のきびしい針をふくんだふるえ声で、こう咎めた。それはお縫であった。
捨て駕籠
水と火だった。
お袖は、下町ことばの、つよい響きと、竹を割るような感情で、反撥した。
「大きなお世話、どこへ行こうと、わたしの勝手でしょ」
「そうは、ゆきませぬ」
「なぜさ」
「ここは、お庭外でも、大岡家の地内です。ひとのやしきへ、たれに断って」
「市十郎さんに訊くがいい。市十郎さんのいる所へなら、庭はおろかお部屋へも、わたしは上がって行きますよ。