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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
召使をよび、
「持って来い」と、鈍くいった。
待たせておいた夕食の膳である。酒もあたため直し、燭も灯して、
「ひとつ、ゆこう」
「まあ、叔父上から」
と、初めたが、碁のあいだに、おたがい感じあっていた寂寥の空虚が、やはり、膳にも、杯の中にもあった。
牛込の赤城下に抜ける坂の途中。この辺には崖へ倚って、小普請組の小屋敷が多かった。大岡兵九郎もその一軒で、歳暮のあいさつに来た甥をつかまえて、この頃の侘しさを、碁にまぎらしてみたのだった。
「――主殿。赤坂へは、折々、訪れてくれておるか」
「はい。昨日もちょっとお見舞い申しましたが」
「そうか。気の毒さに、つい訪れも欠いておるが、このところ、忠右どのの容態は、どんなふうか。少しは、快い方かの」
「それが……どうも今度は、日にまし御病状が快くないようで」
「ずいぶん剛毅で通った忠右どのだが、年も年だし。市十郎のことも、憂いに嵩み、さすが、こたえたものとみえる。……お縫も共に、病まねばよいが」
「お縫どのの姿を見るたび、拙者も、市十郎の兄として、申し訳なさに、腸を掻きむしられ、ただ、心のうちで、詫び拝むばかりでございまする……」