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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
折々、廂を打つ落葉の音が、雨かとおもう錯覚を起させる。
雨。雨を連想すると、主殿も兵九郎も、同じ思いに沈み入った。
――やがて二た月前にもなる。あの夜も真ッ暗な雨の夜だった。
養父の忠右衛門や、許嫁のお縫もおいて、赤坂のやしきを出て行った市十郎の――あの悪魔に憑かれた市十郎の姿が――その時の悲雨や悲涙のむせびを交ぜて、今でも耳によみがえってくる。惻々と、胸を傷くしてくる。
(この年の暮を、どこをどううろついていることか。悪い仲間に、深入りしておらねばよいが。そして、此家の戸を叩いて、悔いてでも来ればよいが)
憎い弟、憎い奴と、口に出せば、たちまち憤りとなるが、心の底では、主殿も兵九郎も、――こう祈る気もちに変りはなかった。
「あまり夜更けぬうちに、おいとまいたします。どうやら雪でも催しそうな寒さ。叔父上も、この歳暮へきて、お風邪でも召さないようにお気をつけ下さい」
「もう帰るか。……ひき止めても、何やら今は、おたがいに心も楽しまん。わしは達者だが、公務のひまがあったら、折々、赤坂を見舞ってやってくれよ」
「おことばまでもございません。では……」と、兵九郎に送られて、主殿は、玄関を出た。