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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

「だけど鎌倉なら、毎日汽車で通えるじゃないの、ね、そうしない?」

「しかし、そこがお前の気に入るかどうか見て来ないじゃあ、………」

「ええ、あたし明日でも行って見て来るわ、そしてあたしの気に入ったら極めてもいい?」

「極めてもいいけれど、ただと云うのも気持が悪いから、そこを何とか話をつけて置かなけりゃあ、………」

「そりゃ分ってるわ。譲治さんは忙しいだろうから、いいとなったら杉崎先生の所へ行って、お金を取ってくれるように頼んで来るわ。まあ百円か百五十円は払わなくっちゃ。………」

こんな調子で、ナオミは独りでぱたぱたと進行させて、家賃は百円と云うことに折れ合い、金の取引も彼女がすっかり済ませて来ました。

私はどうかと案じていましたが、行って見ると思ったより好い家でした。貸間とは云うものの、母屋から独立した平家建ての一棟で、八畳と四畳半の座敷の外に、玄関と湯殿と台所があり、出入口も別になっていて、庭から直ぐと往来へ出ることが出来、植木屋の家族とも顔を合わせる必要はなく、これなら成る程、二人が此処で新世帯を構えたようなものでした。私は久振りで、純日本式の新しい畳の上に腰をおろし、長火鉢の前にあぐらを掻いて、伸び伸びとしました。