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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

二十五

―――」

「そんなら何処へ届けたらいいんだ」

「何処ッてあたし、まだ極まっちゃあいないんだけれど、………」

「今月中に取りに来なけりゃ、己は構わず浅草の方へ届けるからな、―――そういつまでもお前の物を置いとく訳には行かないんだから」

「ええ、いいわ、直き取りに来るわ」

「それから、断って置くけれど、一遍で運びきれるように車でも持って、使の者を寄越しておくれ、お前自身で取りに来ないで」

「そう、―――じゃ、そうします」

そして彼女は出て行きました。

これで安心と思っていると、二三日過ぎた晩の九時頃、私がアトリエで夕刊を読んでいる時、又ガタリと云う音がして、表のドーアへ誰かが鍵を挿し込みました。

二十五

「誰?」

「あたしよ」

云うと同時にバタンと戸が開いて、黒い、大きな、熊のような物体が戸外の闇から部屋へ闖入して来ましたが、忽ちぱッとその黒い物を脱ぎ捨てると、今度は狐のように白い肩だの腕だのを露わにした、うすい水色の仏蘭西ちりめんのドレスを纏った、一人の見馴れない若い西洋の婦人でした。肉づきのいい項には虹のようにギラギラ光る水晶の頸飾りをして、眼深に被った黒天鵞絨の帽子の下には、一種神秘な感じがするほど恐ろしく白い鼻の尖端と頤の先が見え、生々しい朱の色をした唇が際立っていました。