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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
もう門口にタクシーが待っていた。下宿のマダムが、白ずくめのなりをした、ひよわそうな小さい子供を抱き、毛皮のハーフ・コートの下に明るい灰色の服をつけた須美子が、両方の手に一つずつ、伸子と一緒にプランタンで買った茶色の真新しい鞄を下げて、タクシーにのった。須美子のスーツ・ケース二つをあずかっている青年は、磯崎の葬式の折も内輪にはいって須美子の介添えをしていた人であった。
国際列車が出発する北停車場のプラットフォームは閑散で、気の利いた旅行具を手押車につんで運んでゆく赤帽が目立っているくらいだった。国内旅行者のためのリオン停車場では、パリ市民の日常に溢れている生活のこみあいがそのままそこにあった。マルセーユ行の夜行列車の明るい車内で立ったり動いたりしている人影は、伸子が親たちの出迎えに立った五月末の夜のとおりに賑やかだった。
須美子は、三年前、恭介と一緒にホノルルからフランスへ来てこのリオン停車場におりた。今夜、一人のこった赤坊をつれて、一方の腕に恭介を、もう一つの腕に子供のはいっている鞄を下げて、日本へ向って立って行こうとしている。須美子の姿は、それが車室の棚に鞄をおいているときも、それがすんでプラットフォームにおりたときも、一人の悲しみに耐えているいたましさで伸子を落付かせなかった。