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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
さもなければ、その身ごなしをみても一日じゅうの仕事の予定をきっちり立てて活動しているらしいリン博士が、わざわざこの薄暗くて、お茶さえもないメトロポリタンの一室へ来て、伸子ととりとめない話をしようとは思えないのであった。どうしたらいいだろう。伸子は、さしあたってリン博士にうちあけて相談しなければならないようなどんな問題ももっていなかった。額のひろい色白で、眉と眉との間の明るくひらいている伸子の顔に、理解力と感受性のゆたかさはあっても、明確に方向のきまった意志の力はよみとれない。伸子の内心の状態も、彼女のその表情のとおり軟かくて、きまっていなかった。伸子が自覚し、意志しているのは、よく生きたいということだけだった。伸子は、こまって、また自分についての説明に戻って行くしかなかった。伸子はやや唐突に云いだした。
「わたしには、政治的な知識も、政治的な訓練もありません――社会の矛盾は、つよく感じているけれども」
リン博士は、前おきもなしにいきなりそんなことを云いだした伸子の顔を平静な目でちょっと眺めていたが、
「わたしたちの国の文学者も、つい最近まではそうでしたよ」