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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
身軽に立って、伸子があんまりそっちへ目をやらないようにしていた室の一隅へひっこんだ。その一隅にバネのよわくなった寝台がおかれていた。寝台の裾にちょいとした衝立があって、そのかげに、水のつかえるところがあって、顔を洗ったり、茶を入れたりする場所になっているらしかった。山上元は、衝立のむこうから、相当はなれた窓のわきにいる伸子に向って、大きな声で喋った。
「僕は、きみなんかより、ずっと料理がうまいよ。若い時分、アメリカでは、ケチン仕事を何でもやったもんだ。ジャムをつくることなんかは、なかんずく得意だね」
伸子は、笑い出した。
「じゃ、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)では、ようございますね。苺やいろんなベリーがどっさりあって、やすいから」
「ところがいそがしくて、ジャムもあんまり煮ていられない」
せっかちらしく、指先の太い両手にコップについだお茶をもって、山上元は衝立のかげから現れた。伸子は、自分が動かずにサーヴィスさせては、わるいと思った。
「おてつだいしましょう」
席から立ちかけた。
「もう何もすることはありゃしない。ジャムをもって来るだけだ」
ガラスの小さい入れものにはいった、つやつやした色の黄苺のジャムが出された。