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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
「わるかったわねえ。――こんなお部屋しかなくて」
当惑したように云った。
「電報を拝見するとすぐ一つ二つ心当りをしらべたんですが、あいにくどこにも部屋がなくて」
磯崎は、永い間腕に抱かれて背をまるめていた子供を、ベッドの上へ柔かにおろしてやりながら云った。この箱のような部屋の中でも、子供の白い服を着せられている姿は、何か特別に伸子の目をひくのだった。
「この部屋も、実は、まだ人がいて見られなかったんです」
「これで結構ですよ――もし何なら追々考えりゃいいんだから――お手数かけました」
伸子も、
「ほんとに面白いことよ」
と、実感から云った。表側の窓からはモンパルナスの騒音と西日がつよくさし込んでいるが裏側の窓は暗く、何かの建物に密接している。伸子はパリでとまるはじめてのホテルがこういうところで、西日をうけて光る子供の白い服がそこでたった一つの美しいものであるような部屋であることに満足だった。浮いたら浮いたっぱなし、沈んだら沈みっぱなしという風なこの大きい都会で、意識をもって下積みから暮しだせるのは何といいことだろう。七月になると佐々の親たちが家族づれでここへ来る。